シャーマニズムの儀式を体験し、創造の源を知り、本当の自分を創造するためのスクールプログラム

体験談・声

アウェイクニングプログラムに参加されたメンバーの体験談を集めました。 実際のシャーマニックリチュアル体験者の声をお読みください。

私の生き方を私は生きる

私の源体験は、人生のこれまでとこれからの答えが、全部込められているものでした。

ですがそれは、全部分かってしまったから、未知の物事に出会っていくドキドキとワクワクが奪われてしまうというようなものではなく、

自分自身へ還っていくための指針が体感で分かったというもので、

人生の深遠さはそのままに、むしろより深く残っています。

私のこれまでは、体の底から来る、こう在りたいという強い衝動と、そしてそれに基づいて選択と行動を繰り返しても、映し出される現実にギャップがあり、体の中に痛みと怒りばかりが蓄積されていく人生でした。

ですが、それがプログラムを通してより浮き彫りになり、また、それに対してトミーさんの適格なアドバイスを受け、それを実行していくなかで、少しずつ楽になっていきました。

源を見れたあとも、統合の初期の段階では、まだ体の中に痛みと怒りが残っていましたが、

一般的には、それが正解だとは言われないことだと思っても、「源体験で得た私の生き方を私は生きるのだ」という思いで毎日過ごしていくことで、

自分が思い描いていた出来事に通じるような出会いや、たんにただ一緒にいるだけで楽しいと思える出会いが増え、

また、体の底にあった生きていくことの恐怖が消え、会社の椅子に座っているだけで、お金を稼ぐということのプレッシャーに押しつぶされそうだったのも無くなり、こんな日が来るなんてと思うほど、わくわくしながら過ごしています。

他にも、毎日たくさん歩いて新しい景色に出会いたくて仕方がありません。これは私なりの源のエクスパンドに通じるもので、心のふくらみとしても、あらわれています。

こんなふうに取るに足らない何でもない毎日なのですが、

ただ心の深いところが静かに満ちていて、揺るがない幸福があります。

このプログラムを作ってくれたトミーさんの、そして体験を分かち合えるアウェイクメンバーの、そしてここへと繋がっていた道のりで出会った全ての存在に深く感謝しています。

また、ここまで歩いてきた自分のことと、この生き方をとても信頼しています。

(2017年4月体験 Kさん/女性/埼玉県)

全てを腑に落ちて識る体験

儀式の体験中、色々なビジョンが見えることもありますし、面白い発見もありますが私が体験して知ったことは、 「この地球で肉体をもって生きるしかない」「そのためには、何をするのか、表現していくのか」「自分の衝動、感覚に委ねるしかない」「全ては幻想で、自分が創り出している」「病気も個性、害はない」「源から出て(衝動)、また源に帰る(繰り返しということ)」「日常のあらゆる所に創造の源へ繋がるポイントがある」「源は2つのスキマにある(中心にある)」 ということでした。

儀式中は、仲間と繋がっているので、自分が自分でなくなり源の情報を全員で共有している感じになって個人的に面白かったです。 仲間が何を言うのか、行動するのか、何を感じているのか、自分のことのようにわかるし、何かを言わなくても伝わっている感じが心地よかったです。儀式の翌日でも、他の誰かになっていることが何度かあったりして、とてもユニークな体験でした。

「全ては幻想だ!意味なんて何も無い!ワタシは誰でもなく、私はいるけどいない。」と、ショックを受けた瞬間がありましたが、それでも、迷わずに何とかなったのは

・体力づくりと、精神力 

・この体で生きる!と決めた意図

 ・仲間の存在

これが、迷ったワタシを戻してくれました。

参加する前に色々な人から「全てを知る体験」と言われて私はピンと来なかったのですが、儀式を受けて、私自身の言葉で表現すると「自分自身の全てを腑に落ちて識る体験」という感じでした。

それは、薄々わかっていたけど、シンプルすぎて受入れられなかった自分の生き方を受入れざる終えないというような、明らかになる「明らめ」でもありました。 概念に縛られないことが、本当に楽だな~と感じています。 これからの「生き方や生活」と「源での体験」を紡いでいくためには、概念という道具を使うことも大切なのでそのプロセスを楽しみつつ、新しい私で生きる歓びを感じてワクワクです。

【このプログラムで得られた3つのこと】

得られたことは、まとめると3つ

1)未来への可能性や模索、不安の要素が絞られて、道筋が1本通ったような感じです。

そのため、今この瞬間を楽しむこと、ワクワクすることを感じることが感じやすくなりました。

2)愛おしく信頼できる仲間がいることの歓びを感じられました。

3)一般的な特別ではなく、当たり前の特別を感じられるようになりました。

プログラム中は、自分の向合いたくないことを向合わざるを得ないので、とても苦しく、イヤな時間も結構ありました。

でも、意図と仲間があったことで、沢山の勇気を引出してもらえたし、支えてもらいました。本当に仲間とトミーさん、そしてプログラム参加を決めた私に感謝です。

(2017年4月体験 Mさん/女性/東京都)

創造の源を生きる

12/6 0:28 リチュアル開始

じわじわとその世界に入っていく

だんだんと身体がリラックスしていく

目を閉じると空中に浮かぶ無数の穴が見えた

やがて細長い無数の存在が一つの船に乗っているのが見えた

しばらくすると額が白い何かに引っ張られる感覚を感じた

全身が騒ぎ出し、身体は熱を帯びている

ビジョンはどんどん変わっていく

黄色と黒の熱を帯びたマグマのようなゲル状の塊の周りを囲むように、

細長い無数の存在が立ってゆれていた

銀色のウェーブしたとても細く美しい糸が斜めに風になびいている世界が広がった

肉体はだんだんと身体の椅子に触れている部分がぞわぞわしていく

身体の内側が騒がしい

呼吸が苦しくなり、荒く、長く深い呼吸になる

両目からは、感情が存在しない涙がゆっくりと静かに流れていた

やがて、感覚に変化

あれ?なんか・・・あれ?

目を開けると、目の前に広がる白い壁に、7色の幾何学でできている光線が広がって見えた

目を閉じると、七色の光でできたトンネルが見えた

トンネルの壁はまるで孔雀の羽のような模様をしていた

しばらくして、目の前に橋がかかる

橋は透明で透き通っていて、白い霧のような世界の中をまっすぐと前に延びていた

両目からは、感情を超えた涙があふれてとまらなかった

「ずっと前からしっていた」感覚

「全部わかっていた」という感覚

だって、ここはそういうものなんだ

無数の点が浮かんでいた

よくみるとそれはすべて目玉になっていた

うわっ・・

「だれがみているんだろう?と聴いてごらん」

トミーさんの言葉にわたしは、心の中で、問いかける

「だれがみているんだろう?」

すると目玉は先ほどまできょろきょろしていたのに

ぴたっと動きを止めた

これは、ここからどうなるんだろう??

私はここで、自分の今の状況を客観的に見た

二つの中心の境目にいる感じがした

その世界に入ろうと思えば入れるし

普通に戻ろうと思えば、元に戻れる

選択できるのだ

目を開けた世界を味わう

視界に広がる壁は七色の幾何学から、スフィンクスかクレオパトラが描かれているような壁画に変化していた

目を閉じた世界を味わう

そこに広がっている世界は、無数の目玉は常にちょろちょろと動きまわるように浮かんでいた

目玉は青い色をしていた

目を開けて、膝の上のスケッチブックを見ると

真っ白のスケッチブックに7色の幾何学模様がみえた

私は、それをただなぞった

やがて腕がするっと模様からずれた位置をなぞっていた

あっ!

しかし、筆はとまらない

するするするする動いていく

ああ、いいんだ

どんな線にも間違いはないんだ

間違っても、その続きから描いていく

そうなんだ

それでいいんだ

やがて、黒だったはずのボールペンのインクに色がついて見えた

初めは、青とピンク

次第に七色へと変化した

私は、どんどんと絵を描いていく

描いていくというより、ペンが勝手に動いていく感覚に近い

そこには失敗がなかった

やり直す必要がないから次々とページをめくらなくても、一枚のページでどこまでも描き続けることができた

ペンの先からどんどんと世界が広がる

私はペンの先から溢れてくるものにただ夢中だった

やがて、描いた絵が動き出すのが解った

絵が呼吸をし出した

私が丸を書くと、その丸に命が宿り

丸が大きくなったり、小さくなったりと脈動する

なんて美しいんだろう

どんな小さな丸も点も生み出された瞬間から、命が宿る

どんなカタチも生まれた瞬間からただあるだけで完璧

この世界は完璧だ

ただ、存在するだけで美しいんだ

「この世界はどこから生まれているんだろう?」

そうか、そうだったのか

ただ、あるだけなんだ

そこからなにか懐かしい感覚がやってきた

そうだ

もう、知っている

本当は、全部知っていたんだ

私はスケッチブックとペンを置き、目を閉じた

だんだんと上のほうから光が差し始める

とてもまぶしい光、もしくは真っ白の世界

その光は、やがて私を包み込んだ

絶頂の瞬間

そこは、もうずっと前から知っている世界だった

この世界は、寝ているときにたまに来てるところだった

そこにはもう「私」はなかった

全てがひとつだった

試しに、目を開けて、そばにいたさすけとかずみんと両手を繋いだ

繋いだ手はとても暖かかった

次第に、2人の姿はグレー色のうねうねと漂う粒子と白いグリットの繊維となり、

繋いでいる手と手は境目がなくなり一体化した

あなたとわたしってなかったんだ

なんだ、みんな私だったんだ

すべては、私を通して見た私が作り出している世界そのものだった

私は、なんでここにいるんだろう?

そうだ、自分を知るためだった

そこからは、また絵が描きたくなった

目の前にいた、サスケの顔を描く

間違いなんて一つもないと知った線は、のびやかだった

次第にサスケの顔に模様がみえはじめた

ネイティブアメリカンの顔の模様の意味がわかったでしょ?

とトミーさん

ああ、これはそういうことだったんだ

夢中で目の前のものを描くことをした

似せて描こうとか、そういう思考は一切ない

ただ、ありのままを描きたかった

線を描くことがすごく楽しかった

この感覚は一体どこからくるんだろう?

そうだ、自分の中からくるんだ

私はこの線からいつでも創造の源を味わうことができる

そうとても強く思った

それは、自分の中にある

私の内側にあった非現実だと思っていたことは、じつは全部現実だったんだ

やっと認めることができた

この現実を受け入れることができた

それは、徐々に気づいてきたことの壮大な答え合わせだった

どんなものも間違いはない

全て完璧だ

そこから、一気にもっと何かをみたいとか

知りたいという気持ちがきえた

私は、今、目の前に広がる現実をみた

そこにはサスケ、とみーさん、かずみんが見守っていてくれた

のぶやんは、自由にのびのびと自分の世界を

表現していた

いてくれるだけで有難いと思った

存在しているだけでありがたいと思った

もう十分だ

これ以上は、今ここであえてみなくていい

何故かって?

これを夢ではない

これは、ここでしか味わえないものではないという強く揺るぎない確信がある

だって、これは現実なんだ

私は、そこから新たな意図をした

「創造の源を生きる」

この続きは、これから生きる世界で見よう

ここで全部味わう必要は無い

ここにある感覚は全部これからもある

そのほうが、ずっと楽しいじゃない?

これからの毎日がワクワクするじゃない?

これから、何をしよう?

好きなことを好きな人と好きな場所で

その日やりたいことをしよう!

どんな選択にも間違いはないんだ

あってもなくてもいいんだ

創造の源を生きる

毎日は、その瞬間にある

毎日、毎日味わおう

この目で、耳で、心で、肌で、匂いで

そして、伝えよう

私の周りの人や、まだ見ぬこれから出会う人に

少しづつ、少しづつ

この世界は本当に素晴らしいんだよって

表現していくんだ

(2015年12月体験 1期 佐藤彩奈さん)

全てはダンス

創造の源を体験した直後は創造の源を表現しようとすると創造の源を言葉にすることはとても難しく言葉にならない言葉にできない。書く事も出来ない、もうすでにそこにあるとしか言いようのない処で概念という概念さえない処としか言いようがない感覚でした。

帰国して少しづつ統合しことばや絵などに表現できるようになってきたので創造の源や体験をことばや概念として表すと

・全てがあって全てがない。 ・変わることも変えることも必要がない。
・前から全て知っていた。いまここにある。 ・笑うときのあ!と気づいた瞬間のに似ている。
・全てがここから創造されている。 ・過去、未来はない。今ここにすべてがある。
・みんなずーっと一緒。孤独はない。このなかでみんな動いている。ダンスしている。
・善悪はない。強いていえば好き嫌いが個性と連動している。
・創造の源は特別な場所にあるわけではない。全ていまここにある。
・全てが私、全てがあなたと私。 ・傷つくことも傷つけられることもない。
・ジャッジがない世界。全部OK。 ・世界はすべて美しい。
・この源から放射されているものは・・・
歓喜・愛・歓び・大好き・幸せ・躍動・命・生命・笑・遊び・美・楽しい・安心・普遍・自由

《創造の源を体験してわかったこと》 ・どんな体験も味わいでしかない。 ・それぞれが味わいたい味わいをあじわっている。
・意図は大切。 ・全ては意図と動きとダンス(関係性)と愛と思いやりでつながっている。
・恨み悲しみ、辛さなどは愛の変調。アンバランス。リズムがとれていないダンス。
・みんなと一緒にダンスを楽しむためには愛と尊重と率直なコミュニケーションが必要。
・なにも減ることはない!!ただ動いているだけ一個でしかない。
・みんなのダンス(人生とか日常とか感情とか動きとかその人や大勢の個性)を見ることも楽しくて遊び全てが素敵なダンス。だからみんなのことが大好きで尊敬する。そしてそのダンスを一緒に踊れることが幸せ。
・体験後は、全てが美しくて幸せ。 ・森や土や風や花の香りがとてもいい香り。

食べるものもとてもおいしく感じる。痛みさえも生きている味わいとして感じ、人生全ての出来事の味わいがとても深くなりました。

(2016年4月体験 Kさん/女性/東京都)

一度死んで戻った体験

創造の源を知るシャーマニックリチュアルは、1度死んで、戻ってきた体験。 僕は、産道の中のような赤くうごめく空間を通っていた。思考や時間感覚がなくなり、ふと誰かの声(音)が面白くなり僕は笑い始めた。

笑いはとまらず、目を開けると、そこは儀式前と同じ光景。同じなのだけど、違う。その光景は圧倒的なリアリティーの世界。本質ってなんなんだろう?源ってなんなんだろう?

と頭をよぎったがあまりにもいつもと同じ。同じだけど、一つ一つが鮮明・・・・笑っている自分をみて笑う。足音で笑い、立った時の重さで笑い、涙出た。今から思うと、目から鱗が落ちたと思う。

赤ちゃんはこういう世界を見ているんだと思った。いつも間にか、笑っていた世界は1つの面で、パラパラ漫画の1ページになっていた。

どれだけめくっても、同じ世界。その過程で、存在と反応が導いてくれることに感謝し味わっていた。

エネルギーが放射されている点があって、「世界を見よう」と思うと、めくったり、とどまったりすることができる。どうする?ずっと永遠性の中にいるか、もう一度戻るか?「戻る」を衝動で選んで、戻ってきました。

戻るときに、この世界に導いてくれたのは、トミーさんの質問や、見守っている仲間の存在。ここを「見続けよう」とすることで、1つの世界に留まることができることがわかって、少しずつ戻ってきました。その過程で、存在と反応が導いてくれることに感謝し味わっていました。戻ってきたときは、赤ちゃんのようにみずみずしく、お肌潤っていました。今は、すべてが自分で、自分が放射していることを味わっています♪世界を再構築中♪

(2015年12月体験 Sさん/男性/東京都)

つながりの全体が私の姿

ピークの時に見えた事象は、「凄かった」としか言いようがない体験でした。

恐怖も幸福感もピーク時には全くありません。その時感じているのは、強いて言えばやっと答えを得た満足感かもしれません。まさに「凄かった」の一言。無数に現れるマンダラ、アイコン。ああ、全部知っている!わかる!圧倒的な情報量に言葉を失い、手足も皮膚さえも自分のものではない感覚。 全てが自分で五感が、自分の意識領域が無限に拡大して行く。時は消え上下左右もない。そうそう、元々知っている。全ては既知のこと。無数のマンダラ、アイコンは全部アクティブに活動し続け光っていました。

アイコンひとつひとつ中にもびっしり情報が詰まっていました。目を閉じても凄い。開けても同じように凄い。7色の光の筋、ネオン管でクリスマス飾りのようです。あのマンダラやアイコンのビジョンは多くの歴史的芸術家、クリエイター達が観て来ているはずです。 為政者や英雄達も。永遠に続くマンダラの世界。アイコンが周縁部が見えないくらいに大きな絨毯一面に広がり、1つ1つが活発に動いている。またそれらのアイコンには芸術やデザインだけでなくビジネスモデル、論文、数式も創造の源から転がり出て広がってゆくビジョン。あの無限に広がるビジョン。ふと、言葉が降りてきました。私はネットワーク。ちょうど菌類がどこまでも菌糸をつなぎ合い放射状に繁栄してゆく、最初はその一粒であり最終的にはネットワーク全体。

つながりの全体。それが私の本当の姿です。

最大の発見はもういつでも、すぐに瞑想すればあのビジョンを観る事が出来ることです。

(2016年4月体験 Tさん/男性/千葉県)

人生とは広大で美しい

全てが自分であった。

それは最初から最後まで何も変わらない。

ずっと分かっていた事に気付いた。

全ては完璧で愛と感謝の現れで、自分自身も完璧。

ただいるだけで完璧。何も変えることはできないし、変えようとする必要もない。ただ僕は在るだけ。

人生とは広大で本当に美しい。

ただその瞬間が在るだけ。

だから、人生は美しい。

(2015年12月体験 Tさん/男性/埼玉県)

何もないが全て在る

それは突然やってきた。

何もないが全て在る。

他者も自分もない。

ただそこに在る。

ただただ涙が溢れ、喜びと感謝に包まれる。

今まで生きて来て体感したことがない感謝だった。

これまでの体験が全て自分の脚本だったというオチに腑に落ちた。

私は今までファンタジー映画を好んで演じてきたが、これからはコメディーで生きたい。

(2014年11月体験 Tさん/男性/新潟県)

私が創りだしている世界

創造の源の世界は、話や本などで聞いていて、体験前はそうなんだろうな?と頭で理解するのみの世界だった。

すべては無であり、すべては自分が創りだしている。

目の前の人も出来事も。

これが、体験後はすべて腑に落ちる。

だから、誰のせいにも出来ない。すべては自己責任。

全部が私が創りだしている世界。

これからは、私の人生をどう創造して生きるのかがすべてです。

(2014年11月体験 Rさん/女性/福岡県)

無と全てを受け入れる事

シャーマニックリチュアルは私の人生において、とても良い一つの経験となった。目を開けていても、つぶっても鮮やかな世界。虹の世界。模様だけの世界。いきなり絵画の世界になったり、宇宙だったり、全ては自分の概念が作り出している世界。

途中経過は色々な遊び方が出来て楽しい、面白い。ただそれを5感を使って味わう。

そこを抜けると本当に何も無い世界。「無」であり「空」である。

もはや、「私」という感覚は存在しない世界。

ただ最後には何も無い。そこが最後なのか?とその時は思う余裕すらなかったけど、ただ「無」がある。私的には、あの世界を見て、現実世界でどのように生きるか、が大事なんだな、と分かった。

「知らない」という思いがその世界を創っている事。リチュアルの体験をした後、いつでもその感覚を思い出す事も出来る。自分自身が「無」であると受け入れる事、と同時に「全て」であると受け入れる事。

概念を捨て、視点を変えるだけでかなり楽しい世界なんだ。あちらもコチラも。

(2014年11月体験 Yさん/女性/東京都)

※上記はあくまでも体験者の体験例であり、必ずしも全てを体験するとは限りません。それぞれの意図により体感は異なります。